「らびーず倶楽部」 歴史探求&食いだおれ部
【歴史探求&食いだおれ部】26/05/24 新緑の「愛宕念仏寺・化野念仏寺・嵯峨鳥居本重伝建地区」を歩く
令和8年5月24日(日)午前9時 阪急嵐山駅改札口集合
新緑の「愛宕念仏寺・化野念仏寺・嵯峨鳥居本重伝建地区」を巡って来ました。
嵯峨野は京都市の西北に当たり最も奥に鳥居本があります。
保存地区は愛宕神社へ通じる愛宕街道に沿った約600mの範囲で奥に愛宕神社の一の鳥居が建ちます。
茅葺で農家風の建物と、つし二階・瓦葺で町家風の建物が混在し洛外のひなびた歴史的景観がよく保存されています。
あだし野の地は平安時代から葬送の地とされていました。
初めは風葬でしたが後に土葬となり化野念仏寺に石仏や石塔を祀るようになりました。
寺伝によれば、化野の地にお寺が建立されたのは、約1200年前。
真言宗の開祖である弘法大師空海がこの地に埋葬された人々を祀るため、 五智山如来寺を開創したのが最初とされています。
その後、浄土宗の開祖である法然上人が常念仏道場としました。
現在は浄土宗に属し、正式名は華西山東漸院念仏寺と称し、 通称「あだし野念仏寺」として知られています。
「化野(あだしの)」の「あだし」とは、 はかない・むなしいとの意で「化」の字は「生」が化して「死」となり、
この世に再び生まれる事や、極楽浄土に往生する願いを示しています。
境内奥には美しい竹林が広がります。愛宕念仏寺は戦時中に無住寺となっていましたが、
昭和30年に再興され山門の解体復元修理をはじめ本格的な復興事業が行われました。
この時寺門興隆を祈念して境内を羅漢の石像で充満させたいと発願しこれに賛同した、
一般の参拝者自らの手によって彫られた千二百躰の羅漢像が
表情豊かに並び訪れる人々の心を和ませてくれる「癒しの寺」として親しまれています。
お昼は「あだし野」で「ざるそば定食」をいただきました。
中央支部から5名、大阪東支部から4名、大阪南支部から2名、なにわ南支部から1名、北支部から1名、
計13名の方に参加いただき、楽しいまち歩きでした。
