「らびーず倶楽部」 歴史探求&食いだおれ部

【歴史探求&食いだおれ部】06/29 宮廷文化を今に伝える「京都御所」と 伝統的技能の粋を集めた「京都迎賓館」を歩く

令和7年6月29日(日)午前9時00分 京都市営地下鉄丸太町駅北改札口集合。

歴史都市京都の宮廷文化を今に伝える「京都御所」と伝統的技能の粋を集めた最高のおもてなしの場「京都迎賓館」を巡って来ました。

世界有数の歴史都市・京都において千年以上の歴史を有する建築様式・障壁画や調度・庭園を中心とする宮廷文化を

今に伝えているのが京都御所です。

御所とは、天皇のお住まいになった皇居であり、古来内裏と称された場所です。

内裏が京都の地に定められたのは、794年の平安京遷都まで遡ります。

瓦葺を用い軸部に彩色を施した唐風の建物を中心として造られた平安宮のなかにありながら、

内裏は檜皮葺や素木造などを基調とした日本古来の建築空間を保ち、やがて花ひらく国風文化の舞台となりました。

960年に初めて焼亡して以降、平安宮内裏の罹災は相次ぎ、平安宮外の皇居である里内裏の使用が増えていきます。

平安宮内裏は、1227年の焼亡後に再建されることはなく、現在の地に内裏が定着したのは、南北朝時代の1331年、

光厳天皇が里内裏の一つである東洞院土御門殿で即位されてからのことです。

今の京都御所は、この土御門内裏に由来します。

土御門内裏は、当初極めて規模が小さいものでしたが、室町幕府から江戸幕府に至るまで、

時の政治権力者によって修理や造営が行われ、規模が拡大していきました。

現在の京都御所は、1855年に造営されたものですが、その形式は1790年に造営された寛政度内裏をほぼ踏襲しています。

寛政度内裏では、平安時代以来の伝統儀式があるべき姿で行えるようにするため、

その舞台となる主要な御殿が平安宮内裏の古制によって再興されました。

明治2年東京へ皇居が遷された後、京都御所では一部の建物が失われ、第二次世界大戦末期の昭和20年には空襲による延焼を防ぐため、

建物疎開が行われました。

その間、京都御所は大正天皇・昭和天皇の即位の礼の式場や、京都への行幸時の御宿泊所となりました。

その後、部分的な建物の復元が実施されており、天皇皇后両陛下が御即位などの慶事を祝う茶会をお催しになるなど、

現在も皇室が御使用になっています。

京都御所の歴史的重層性を示す建築群と、その機能を伝える障壁画や調度、及び庭園の風情との調和がもたらす清雅な美しさは、

山紫水明の古都・京都における日本文化の集大成ともいえるものです。

次に向かった、京都迎賓館は、日本の歴史・文化を象徴する都市・京都で海外からの賓客をお迎えし、

日本への理解と友好を深めてもらうことを目的に平成17年月に開館した国の迎賓施設です。

歴史的景観や周辺の自然環境との調和を図るため、日本の伝統的な住居である入母屋屋根と数寄屋造りの外観とし

品格のある和風の佇まいを創出しています。

建物や調度品には数寄屋大工・左官・作庭・西陣織や蒔絵・漆など数多くの日本を代表する伝統的技能の匠の技が用いられています。

京都迎賓館では、令和17日に開館20周年を迎えたことから、約か月ごとに部屋の展示替えをし、

年間を通じて特別な館内をご覧いただくガイドツアーを実施しています。

弾として、17日からは海外からの賓客をお迎えする時と同様の室内レイアウトとし、通常のガイドツアーとは異なり、

接遇時の様子を感じられる特別なガイドツアーを行っています。

お昼は、明治8年創業の漬物・味噌の老舗「田辺宗」で、京漬物寿司西京焼御膳をいただきました。

中央支部から3名、大阪東支部から3名、北支部が3名、なにわ南支部から2名、一般参加者が3名、計14名の方に参加いただき、

楽しいまち歩きでした。